多北 創立60周年に寄せて

昭和三六年三月、旧陶都中学校の木造校舎を利用して、自主・自立・自学を校訓に創立された多北に、私は昭和四十五年四月に転勤してきました。赴任して間もなく、雨降りに陸上部の練習で廊下を走らせていた時の事 校務員の吉さんにものすごい剣幕でどなり込まれました。そこで木造廊下を練習に利用する利点等、丁寧に説明した結果、納得してもらい、その後雨降りの練習は廊下でやりました。とても生徒思いで優しい一方、いったん注意がはじまると容赦なく怒る人でしたがら強い印象が残っている卒業生も多いかと思います

心に残っていると言えば、一年生の御嶽登山、加子母村渡合でのキャンプ。二年生の萩・広島方面や瀬戸内海の大久野島での修学旅行等。そして球技大会ではこんなことがありました。ソフトボールの決勝で、職員チームと対戦した三年生のチームが敗れ、最後の球技大会なのにと悔し涙を流す様子を見て、生徒の球技大会に掛ける意気込みが並々ならぬものであると痛切に感じました。

そして多北を振り返るには北辰祭を忘れることは出来ません。毎年語り尽せぬ程多くのドラマが生まれ、卒業生の心にそれぞれ思い出として強く残っていることでしょう。盛り上がったエネルギーを冷やすのに私達教師はひと苦労したものでした。冬のサッカー大会は受験を控えた三年生を始め各学年とも大いに盛り上がってクラス一丸となって寒風吹き荒む校庭で応援している姿。またマラソン大会では、最後の走者がゴールするのを拍手で全生徒が迎える光景等今も深く心に残っています。私にとって打てば響く生徒、中には響きすぎる人も”笑い”囲まれて勤務できた十六年間は思いで深く、忘れる事が出来ない教師生活でした。

転勤後も多くの卒業生と縁があり、各学年の同窓会に声をかけてもらったり、一回生から大学一年生まで参加する東京支部会関西支部会にも参加させてもらい、交流を深めています。関東や関西にお住いやお勤めの卒業生の方々、私が言うの差し出がましいかと思いますが、一度足を運んでみては如何でしょうか。新しい出会いがあるかもしれません。

退職して十七年になりますが、新聞、TVでは在校生や卒業生の活躍を見聞きすることも多く、誇らしく思っています。そして街で声を掛けたり、掛けられたりして昔話の花を咲かせています。最後に卒業式依頼顔を合わせたことのない卒業生にも何処かで出会えることを願うばかりです。

多北万歳 松田嘉久


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です